先月まで開催されていた櫻田義文さんの「左手の世界」展は好評のうちに終了しました。当館の2代目の館長で、水彩画家でもある櫻田さんの10年ぶりの当館での個展でした。前回の個展の際に脳梗塞で倒れられてから、リハビリを経て左手で絵を描かれるようになり、今回はその左手で描いた作品のみでの展覧会を企画しました。地元紙、テレビ等での報道もあり大勢の方にご来場いただきました。観光で長野県を訪れ、旅館でたまたま新聞をご覧になり訪れた方もいらっしゃいました。
この展覧会を開いて思ったことは、鑑賞者の滞在時間が通常の展覧会に比べて長かったという事です。村立のこぢんまりとした美術館ですので、一目見て全体の作品を見渡せるほどの会場です。作品を見るだけであれば時間はかからないのですが、今回は、多くの方が一点一点じっくりと鑑賞されていました。以前のモチーフ(主題)は風景画(特にスペインの風景がお気に入りで数回にわたってスケッチ旅行に出かけられていました)でしたが、今回は、蓮、牡丹、静物画など身近にあるものが多く描かれていました。配列については、悩むところもあったのですが、櫻田さんに了承していただきあえて同一モチーフをずらりと並べました。
ものを観ずに概念的に描くことをしないよう、美術の授業であえて利き腕ではない左手(右利きの場合)で描かせることがあります。目と手の供応が必要になり、左手で描くことで対象へのまなざしの深まりが増すわけです。形はなかなか取れないのですが、対象をじっくり観て左手でゆっくりゆっくり描かれた線そのものは、なかなか魅力的です。
今回の、櫻田さんの絵を観ていて左手のデッサンを思い出していました。左手の丁寧にゆっくりと置かれた一筆一筆による形と色の追求が、櫻田さんの絵の新たな魅力を引き出していったのだろうと思いました。風景画を描かれていたころとは、明らかに描き方が異なっています、達者な描写力で下書きをして色を付けていく。これはこれで魅力ある絵画です。左手で描くようになり、描くモチーフも身近なものとなり、蓮の絵が何枚も描かれ、牡丹の絵はさらにその数を増していました。繰り返し同一モチーフを描くことで、左手の自由を獲得していったのだと思います。「左手で描くことはもう当たり前になった。字も左手で書いている。」展覧会前に櫻田さんからこんなことをお聞きしました。左手で描き続ける櫻田さんの熱き思いを、ずっしりと受け止める展覧会となりました。
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